YOSANO OPEN TEXTILE PROJECT

新潟・越後×麻織物/絹織物

新潟編Vol.2

機音の響く紺屋 有限会社紺仁

「うちは染物屋だからね、織りは副産物なんだ」。表通りから細い路地を抜けて工房に向かう途中、有限会社紺仁11代目 松井均さんはさらっと告げた。他と同じだと面白みがないから、素材から扱える染め屋にしようと先代が織機を導入したのだという。ものすごいことを、事も無げに言われてしまった。

有限会社紺仁11代目 松井均さん

最初に案内してもらったのは、型染めの工程。若い従業員が手際よく反物を板に貼り付け、型紙を置いて糊を置いていく。「型もここで掘っているよ。昔は北前船で伊勢の人が行商に来てね。越後系型紙といって、この地域で売れる柄を作ってくれていたんだけど職人も少なくなっているから」。二階では二人一組でやや大柄な図案の型で糊を置き、筒で補正する作業をしていた。

続いて藍甕(あいがめ)のある棟へ移動。木製のふたを開けるとわずかに泡が立ったような藍が現れて目が釘付けになった。「ほとんどの仕事は息子に引き継いだけれど、藍だけは僕の仕事。面倒を見ている人の性格が入ったものになるんだよ」。

創業は1751年、江戸時代に藍染屋を始める。片貝は天領地として大工、鍛冶屋、染物屋などものづくりが栄え、職人の町として名を馳せた地域だった。その気質だろうか、「向こうにある濯ぎの機械を開発して、あっちにある定着していない染料を落とすローラーの機械も作ったよ」。必要な機械を自社オリジナルで作るということを、当たり前にやってのけていた。機も、ただその一部なのだ。「1から10までやれないとこの先の織物は厳しい。自社でやる覚悟だね」。

紺仁で扱う染めは「藍染」、松ヤニの煤を原料とする「松煙(しょうえん)染」、インド発祥の「辨柄(べんがら) 染」を始めとし、草木染めや化学染料まで要望に応じて使い分けている。半纏や神社の幟など全国から注文を受ける一方、オリジナルの着尺も生産している。きっかけは昭和20年代、柳宗悦が提唱した「民芸運動」の一団が訪れたことに始まる。染織の技術の高さを生かして新しい織物を作ろうと提案され、柳宗悦の指導のもと独自の織物を完成させた。「片貝(かたかい)木綿」と名付けられた着尺地は、撚りの甘い3種類の太さ糸を使って織るため、糸は空気を含んで柔らかく太さの違いがシワの回復性を生む。

片貝木綿の隣には図案提供しているKEENのサンダルも並ぶ

いよいよ機場へ足を踏み入れる。見慣れた「TSUDAKOMA」のロゴにテンションが上がる。「どうして津田駒の織機を?」。メンバーからの質問に「調整のマニュアルもあってフレームもしっかりしているから」との答えに、ひらく織チームはどことなく嬉しそう。

丹後産地ではたくさんの津田駒製シャットル織機が活躍しているのだ。しかし、津田駒製織機は長繊維である絹織物用に開発されているため短繊維の綿織物には不向きなはず…。「織機メーカーの営業マンからは絶対に綿を織るのは無理と言われたんだよ。でも、織れちゃったけどね」。どんな改造を施したのかはわからないが、機場に並ぶ6台は快調そうに機音を響かせていた。奥にはTOYODA製シャットル織機も2台見える。「やっぱりトヨタの方が風合いはいい。全然違うね。これは残したいという自分のこだわり」。

機場の二階は整経と経通し(へとおし)の作業場所。ここで働く人たちも、とても若く見える。訪ねてみると、従業員は22歳から65歳まで15名だという。紺仁で働くために移住した従業員もあり、やり甲斐のある魅力的な仕事を若い人も求めているのだそう。

「現場は息子に任せているけれど、若手が困っていたら手助けするよ」。若手職人の育成にも意欲的な均さんに、丹後産地でも次世代の織り手育成が課題だと伝えると、君たちのような後継者がいるところは力強いと激励された。「ちりめんは必ず残るもの。それに代わるものがないから」。とはいえ、この先の商売に不安を隠せない…ひらく織メンバーに漂うそんな空気も一蹴された。「お客さんの要望に対してやってみようという気持ちからだよ」。数字は後回しでもいいからと、改革を続けてきた先輩が次世代の背中を押す。

 

「日本の着物地は、世界で他に類を見ないファッション。10センチ角の織物の中にはあらゆる技術が集積されている。その技術をどう活かすことができるのか、呉服だけにしがみ付かずチャレンジするしかない」。これまでを途絶えさせることはできないという11代目の言葉がずっしりと響いた。

白生地にみらいをのせて 株式会社横正機業場

日本三大白生地産地の一つ、五泉。丹後と同じ白生地の機場見学に一層の期待が高まっていた。製品そのもの、工程、工夫、白生地産地ならではの課題はどうなのだろうか。その解を求めて、体育館のような広い機場を歩いた。

五泉産地を代表する織物といえば「駒絽」や「塩瀬」、「羽二重」が有名だ。「羽二重」は筬1羽に2本の経糸を通して密度を上げ、張りを強くかけて織る。緯糸は、管ごと水につけて十分な湿気を与えた「濡れ緯」を使い強く打ち込む。濡らすことで、撚りをかけずに複数の糸を合わせることを可能にしていた。

独特の美しい艶は、絹糸の扁平な形状が撚りによって崩れることがなく、光が同一方向に反射することで生まれる。翌日までの製織に必要な量を用意して冷蔵保存しておくという。

機場には濡れ緯用の冷蔵庫が置かれている

株式会社横正機業場五代目 横野恒明さんは、ひらく織メンバーのたくさんの質問に一つ一つ答えながら工場内をくまなく案内してくれた。同じ絹の白生地でも、こんなに違いがあるのかとあちらこちらが気になってしようがないのだ。例えば、経糸の張りを調整する錘(おもり)は、丹後では見たことがない量がセットされていた。「よう織れるなあ」。本音のつぶやきが聞こえてきた。

株式会社横正機業場五代目 横野恒明さんとひらく織メンバー

濡れ緯を用いた製品には「塩瀬(しおぜ)」もある。より太く合わせた濡れ緯をしっかりと打ち込み、重みとしっとり感のある風合いを作り出している。主な用途は高級染帯や帛紗(ふくさ)など。他にも、「絽」「紗」「綸子」など複数の織物を生産している。ジャカード織機では法衣を生産し、精練をせずに生機で納めるという刺繍用の織物は、織り前に伸子(しんし)を取り付けて幅出しをしていた。この方法は先染めの手機では見たことがあったが、力織機では初めて見た。

機場を離れて、次は産地の状況を伺った。「今年になって3社が廃業し、生産量が前年の7割程度になっています」。残るは3社という衝撃の事実に驚きを隠せない。三大白生地産地のひとつが、これほどまでに厳しい節目に立っているとは誰も思っていなかった。企業数が減った時に大きな問題となるのが、共同で利用している精練加工場の維持だ。多くは産地の生産規模に合わせて設計、運営されているので生産量が激減すると維持コストが合わなくなる。五泉の加工場はこれまで組合運営だったが、事業者4社による買取、そして民間運営へと変遷している。そのうち2社が今年廃業したため、残り2社で支えている状態になる。「加工賃の値上げと、雇用調整助成金によってなんとか頑張っていますが…。産地は精練と共にあります。五泉織物の精練は五泉でしかできません」。以前、他産地の加工場に無撚りの糸を使った製品の精練を出してみたが、難しかったそうだ。加工場の存続のためにも生産量を落とせない。

3社の廃業を受けて、すぐに横正機業場では従業員を7名から13名に増やした。廃業先が手がけていた製品も引き受けられるが、人にも機械にも部品にも増産のための投資がかかり、うまく回り出すまでは耐えるしかない。問屋への卸売では、製造コストに止むを得ない変更が生じたときも価格への反映が非常に厳しい。しかし、今こそ製品に見合った価格を通さねばならない。「作り手が値段を言っていかなければならないと言われます」。ひらく織メンバーも同じ課題を抱えている。

恒明さんは、問屋との取引を軸に、自社ブランドの構築にも挑んでいる。これまでに見本市への出展や、百貨店でストールの展示販売も行った。職人と、技術と、製品を後世につなげる鍵はきっとどこかにあるはずだ。清らかな水が育んだ白生地産地 五泉。美しい白生地を未来に繋ぎたい。

繊維産業に向かい風が吹き始めて30年以上が経ち、産地が存在し続けることは当たり前ではなくなった。どの産地も、規模縮小は免れないだろう。産業製品に詰め込まれた歴史と技術と美は、芸術や工芸と同様に尊い。その営みを繋いでいくために、私たちの旅は続く。

株式会社横正機業場

有限会社紺仁

高岡徹

和装需要が減っていく中でどうやって会社を成り立たせていくのか?僕たちと同様に悩み、そして道を切り開こうとする姿を見て、共存出来ればと思いました。

今井信一

今回の新潟視察では、自社工場で一貫生産している事業所が多いように感じた。分業で行う所が減ってきているということもあるが、一貫生産にすることによって、商品が完成するまでの時間が早く、小ロットでも対応できる事がメリットだと言われていた。分業制は、どうしても時間がかかってしまう課題があるので、それを補うため、技術力を磨いて、いろいろなことに対応できるようにならないといけないと思った。

梅田幸輔

絹織物だけではなく、綿、麻と多様な織物を生産する産地で、すべての生地に歴史や文化、そして生産者のこだわりを感じた。

羽賀信彦

小千谷、五泉、塩沢と各産地でみせていただき、新潟県で織られている品種の多さに驚きました。丹後と同じく白生地産地で有名な五泉産地、こちらの特徴である「濡れ緯」を使用した織物の製造工程をみせてもらいました。丹後で使われている織機と見た目は同じようでしたが、ところどころ部品の仕様が異なり「濡れ緯」が織れる工夫がなされていて、この産地でしか織れない技術をみせていただきとても勉強になりました。また、訪問先の方からは、時代が変わればお客さんがかわるし、欲しいものがかわる、時代にあったモノづくりができないといけない、と非常に良いアドバイスをもらいました。

堀井健司

新潟産地の織物の多様性に触れ、そして何より訪問先の方々から、今後の自分の向かうべき方向について色々と考えさせられる話を聞けたことが収穫でした。

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