YOSANO OPEN TEXTILE PROJECT

京都•与謝野×丹後ちりめん/絹織物

丹後編Vol.3

「帯」をひらく

2019年3月、「帯」をキーワードに2軒の機屋を訪れた。先染めの絹糸を織り上げた「西陣織」*1の帯を手に取る。華やかな図案を描きだす色糸はふっくらと立体的で、刺繍をほどこしたかのよう。世界の織物を見回したとき、間違いなく最高峰の一つに数えられるであろう技術を、ひらく。

本袋帯という頂点 高橋織物

織機の横に何十とシャットルが並んでいる。天井から吊り下げられたルーズリーフは延々と繋ぎ合わされている。そこに並ぶ数字と文字の羅列に目を剥く。「No.1267 5 27、右5-72 (7004)」。一体何のことだろうか。何越目に何番の色糸を使い、どのシャットルで織るか…高橋織物 高橋由明さんが「式」と呼ぶ、製織工程で必要な情報がまとめられた紙だった。

「正絵(しょうえ)を見て、色の位置によって右方向と左方向のシャットルを使い分ける。さらに右方向のシャットルでも糸の張りによって、強い、中くらい、弱いと、三つのシャットルがあるから左右合わせて一つの色に6丁のシャットルがいるんです」。織機にかかる艶やかな打掛*2に見惚れる隙もなく、「式」の正体について教えてくれた。これを解説すると…

高橋織物三代目 高橋由明さん

正絵(織物の下絵)を確認して、例えば紅色の花柄が織物の右側にある場合、「右縫い用」の誘導杼を使う。まず柄が織物の左右どこに位置するかで、「右縫い用」か「左縫い用」を使い分ける。さらに花びらのようにふんわりした柄を表現するときには、「弱い」テンションに調整したシャットルを使ってふっくらと織り上げる。柄の質感を表現するために「弱い」「中くらい」「強い」を使い分ける。そのため、一つの色に対して最適な織りをするためには6丁のテンションが異なる誘導杼が必要になるという。もちろん糸の種類によっても変わってくる。調整杼の準備の腕前が、出来上がりを左右する。

花嫁衣装の打掛に溢れる色彩に、恐ろしい量の調整が透けて見える。「織るための式を作るのが、この仕事の9割。式がうまく出来たら、うまく織れる」。

 

由明さんは高橋織物の三代目として家業を継承し西陣織の打掛や名古屋帯を製造していたが、一念発起して本袋帯を手がけるようになる。本袋帯は一度に2枚の生地を織ることができる二重織りの原理を使った筒状の織物で、西陣織の中でも最高級品とされている。金糸、銀糸にプラチナの糸。原料代だけでも何十万とかかる織物は、慎重に、じっくり、傷がないか確認しながら織り進めて…ということが出来ない!

 

織物は通常「裏織」といい、製織中に製品を傷つけたりしないよう裏面が上になった状態で織られ、織機の下部に据え付けた鏡に反射させて表面を確認する。もし傷ができたらその箇所まで戻って織り直すことができる。しかし、本袋帯は二重織りの両面ともを内側にして筒状に製織するため、最後まで織り上げて裏表を返す瞬間まで傷があるか分からない。

こんな怖い織物があるだろうか。裏地になる部分や耳にでも1ミリの傷があればB反になってしまう。原料代は自社持ちのため、織らなかった方がマイナスがなくて良かったなんて結果になりかねない。「本袋帯を織っていたときは、けっこうバリウム飲んでたで」。冗談を飛ばす由明さんは、本袋帯の製造をやめた。やめざるを得なかった。本袋帯の中でも極細の糸を使った最高級のものはさらに高度な技術が必要とされ、上代百万円以上の値がつく。その仕事を(バリウムを飲みながら)やり遂げてきたが、買い求める人が少なくなり、数字だけをみる商社から正当な対価の仕事が来なくなったから。

 

そして、2年前に週末だけオープンする焼鳥屋を始めた。「同じタイミングで打掛の仕事が舞い込んできたので、平日は機を動かしてる。18歳の時から39年織ってきたから未練があるんです。手放せない」。これだけの腕をもつ職人が「食えない」という。

かつて織り上げた本袋帯の見本裂を、現在営む焼鳥屋のテーブルに広げて見せてくれた。ベースとなる「地緯(じぬき)」の組織の上に、絵柄を表す「絵緯(えぬき)」の組織を重ねた「緯二重織り」で表現された豪華絢爛な世界。通常、地緯の組織は平織もしくは錦地と呼ばれる箔入りの三つ綾で構成されている。「プラチナ箔のところは綴れになってるで」。由明さんの言葉に目を疑う。綴れ織は、経糸の数倍の密度にした緯糸が経糸を包み込むように織られるため、経糸が見えなくなるほど緻密な織物。専用の織機を使わなければ、織れないと思っていた。それを組織設計と織機の改造で、図案の一部だけ綴れ織にしていた。フラットで超緻密な地緯に、ふっくらとして柔らかい絵緯の糸が輝く。織物は立体なのだ。

 

いまや最高級の本袋帯を織る職人は数える程になってしまった。千年を超えて磨き抜かれてきた、一つの到達点が消えようとしている。

*1 室町時代に明から伝わったとされる、紋織物(模様のある織物)の一種。京都・西陣で技術が極められたことからその名がついた。
*2 打掛は女性の着物の一つで、本来は春・秋・冬の衣料。近年では結婚式で新婦が着る衣装を指すことが多い。

技術を残す道 小牧織物

「うちは普通の帯屋だよ」。丹後の機屋からたびたび耳にする定型文は、目の前に広げられた織物を前に、なんの説得力も持たない。これくらい出来て当然という職人の飾らない気質が、謙遜ではなくそう言わしめていた。

小牧織物三代目 小牧鉄昭さんは西陣の問屋で修行を積み、平成8年に丹後へ戻った。現在、工場を支えるのは鉄昭さんの両親と弟の4人。西陣織の帯や打掛などの着尺、社寺仏閣に奉納する几帳から映画の衣装まで多くの製品を手がけている。

小牧織物三代目 小牧鉄昭さん

一点ものの注文が入る理由は、紋紙作成ソフトを扱うことが出来るから。意匠そのものは発注元が用意しても、実際に織り上げる際に必要となる調整や工夫は機屋でないと分からない。左右12段ずつある杼箱の、右側の何番目から打ち出されたシャットルが左側の何番目に入るのか。杼箱は筬と一体になったバッタンの動きに合わせて上下に動いている。右側の一番上から打ち出されたシャットルが左側の一番下の杼箱に入る、なんて設定をしたら杼箱の動きに無理がかかるし、経糸の開閉に間に合わずシャットルが糸を擦ってしまうかもしれない。シャットルが織り口に挟まれるなんてことになれば、経糸が何百本と切れてしまうトラブルだって起こる。原理的には最大23個のシャットルをセットできるが、その全ての糸の往来を絡ませないように組みあげるのは容易なことではない。

先述した調整杼の数を加えれば、あっという間に許容量を超えてしまう。杼箱にセットするシャットルを交換していく作業も必要になり、そのために織機に停止信号を送る操作も必要になる。

 

織物や糸への感性と、機械工学。機屋はアーティストであり、メカニックでもある。鉄昭さんは根っからの車好き、機械好きのため織機調整も得意分野だった。機場には自ら考案したパーツを加えた織機もある。「調子のいい織機をもう少し効率よくといじったら、途端にバランスがおかしくなってドツボにはまることもありますよ。何で今触ってしまったんだろうかって」。これも、機屋あるあるらしい。

紋紙作成ソフトを習得したきっかけは、娘が生まれた時に書いてもらった命名書を織りたくなったから。当時は紋紙作成ソフトの黎明期。さまざまな機関が紋紙作成ソフトを開発していた。鉄昭さんも講習に参加し技術を習得しようとするが、それらは着尺を織る機屋向けのもので、帯を製造するために必要な機能「メートル」がついていなかった。しかし折れずに元々ある機能を組み合わせて、文字を織る方法を編み出してしまう。数年後に、現在多くの機屋が使う「CGS」という規格に応じたソフトが出た時には「メートル」も設定できるようになっていて「まあ何と良いものだ」と思ったのだそう。アーティストとメカニックに、プログラマーまで加わった。

メートルとは、どの緯糸がどのタイミングで走るかという指示のことで、これを見れば全体の色数も分かる。高橋織物 高橋由明さんの言う「式」はメートルを作ることとも言い換えられる。どうしてメートルと呼ぶのかはっきりしたことは分からないが、メートルの語源である「ものさし」のように色数や順番を測ることからきているのかもしれない。

小牧織物では西陣織メーカーからの工賃仕事と、自社から得意先へ提案する製品の二本柱で機場を回している。全盛期には丹後地域に150軒近くあった出機も現在では30軒ほどになり、高齢化も著しい。今後について尋ねると、「産業として続けられないと思う」。厳しくも現実を見つめる答えが返ってきた。もちろん、工程の内製化など、できることには取り組む。けれど、織物産業全体を見た時、筬*3や綜絖*4といった部材は専門の職人にしか作ることができない。帯屋の筬は、幅の指定に始まり耳の部分には何羽*3、柄には何羽と1点ずつオーダーされるため作り置きは出来ない。全国的に筬屋は少なくなり、各地の機屋が丹後の筬屋に注文していると聞く。

「これがほんまの織物です」。このレベルに達して、初めて機屋を名乗れるんだと教えられた一言だった。これが、ものづくりだと。技術を残そうと思ったらこの精度のものが作れないと先は厳しいと言う、鉄昭さんの言葉は熱くて力強かった。

*3 経糸の位置を整え、緯糸を打ち込む働きをする部材。経糸を通すクシのような隙間を○羽と数える
*4 織機部品の1つ

先染めの絹糸が描き出す優美な世界。それを産む職人の技。目の前に広げられた美しい織物と、目の前に迫る課題。世界最高峰の頂が、ここにあるのに。私たちは何もできないのだろうか。

 

記事 原田美帆 / 写真 高岡徹、原田美帆、黒田光力

京都•与謝野×丹後ちりめん/絹織物

お問い合わせ

お気軽にお問い合わせください。

与謝野町の織りに興味のある方

与謝野町の織りに興味のある方

産地視察希望の方

産地視察希望の方

与謝野町産業観光課
TEL : 0772-43-9012

与謝野町について知りたい方

与謝野町について知りたい方

丹後ちりめん・丹後織物に興味のある方

丹後ちりめん・丹後織物に興味のある方

与謝野町産業観光課

ぜひ交流しましょう

TEL : 0772-43-9012

お気軽にお電話ください