YOSANO OPEN TEXTILE PROJECT

新潟・越後×麻織物/絹織物

新潟編Vol.1

飛行機の窓からは見渡す限り田んぼが広がっていた。日本で5番目に大きな面積である新潟県には、幾つもの織物産地が点在する。伝統的工芸品に認定されているものだけでも「羽越(うえつ)しな布」「小千谷縮(ちぢみ)」「小千谷紬」「塩沢紬」「本塩沢」「十日町絣」「十日町明石ちぢみ」と7種の織物がある。しな布を除き、奈良時代から生産されていた「越後上布」の技術をベースとし、江戸時代以降に技術を開発し織り始められている。「越後上布」と「小千谷縮」は国の重要無形文化財であり、2009年にはユネスコ無形文化遺産にも認定された。日本三大白生地産地のひとつ「五泉産地」もあり、「十日町産地」は着物の総合産地として京都につぐ規模を誇る。平安時代にはすでに織物産地として知られていたという越後に、伝統工芸と近代産業の姿を追いかけた。

文化をつなぐ商い 株式会社西脇商店

座卓に広げられた反物を前に、慌ててお茶を飲み干した。「これが越後上布です」。青みのかかった緑色に、細やかな白いかすり模様が浮かび上がっている。重要無形文化財の文字が織り込まれ、ユネスコ無形文化遺産のタグがついていた。価格は、上代580万円。続いて黒地によろけたような縞模様の小千谷縮、肌触りのよさそうなシボから涼感が伝わってくる。上代は380万円。越後上布と小千谷縮は起源を同じくし、基本的な製法も同じだ。行政区分の細分化に伴って南魚沼地域で生産されるものを越後上布、小千谷地域で生産されるものを小千谷縮と呼ぶようになっていった。

左が「越後上布」、右が「小千谷縮」

「技術と作り手を残すために商いをしています」。シニアセールスマネージャーを務める野沢清二さんに、どうぞ遠慮せずに触ってみてくださいと言われて手を伸ばした。薄く、軽く、しゃりっとした素材感があり、どことなく糸がゆったりしているような気がする。手織りの生む風合いだろうか。

シニアセールスマネージャー 野沢清二さん

1780年ごろには20万反もの生産量があった越後上布だが、現在は重要無形文化財に認定される製品は年間で約30反にまで減った。その指定要件は、①糸は手績みの苧麻(ちょま)*1を用いる、②絣は手くびり、③いざり機*2で織る、④縮の仕上げは湯もみ、上布は足踏み、⑤雪さらし、の5項目。作り手は越後上布伝承者養成講習会に参加し、5年のプログラムをかけて技術を習得する。文化庁による補助はあるが、一人前になっても収入は十分とは言い難い。「文化継承にたずさわっているという気持ちがなければ続けられないでしょうね」と清二さん。機械紡績の糸や力織機製の製品もあり、「小千谷市指定文化財」「経産産業大臣指定伝統的工芸品」「それ以外の小千谷縮」と素材・製法によって区分されている。それらを合わせても年間200反を割りこむという。

1773年に創業した西脇商店は縮問屋として産地とともに歩んできた。背負いカゴに反物を積んだ行商回りから始まり、時代に合わせて武家中心だった商いを一般大衆へも広げた。明治時代には東京から図案家を呼び、技術開発に注力して麻から絹織物への展開にも尽力してきた。近年では新潟県産の製品販売を軸に国内各地の織物製品を取り扱うほか、他産地と連携したものづくりも行っている。例えば小千谷紬に沖縄の紅型染めを施したり、オリジナルの企画品を兵庫県・西脇産地に依頼したり、その製品バリエーションと価格帯の幅は広い。「小千谷縮や越後上布はこの5年で織元が半減するでしょう。けれど続けていくべき織物です。同時に売れる織物も必要ですから、お客さまの反応を見ながら商いをしています」。

創業時からの貴重な資料

重要無形文化財、伝統的工芸品、作家による一点ものの作品、力織機による製品。効率化を求められる現代において、手間と暇のかけられた希少な織物の数々が並んでいた。この先に、どれだけの織物が残っていくだろうか。悲しいことだが、一つの機屋が廃業すれば消えてしまう織物は数えきれぬほどある。それは機屋の創意工夫が生み出した独自技術の証でもあるが、一度失われてしまえば復活は難しい。「そこが廃業するなら、ほかの産地に移って織り続けて欲しいと織り手に話したこともあるんです。織機ごと他産地へ動かしてでも、残すことが大事。私たちは産地をまたいだ接着剤のようなもので、どこかで皆が一緒になる時が来るのではと思うのです」。

 

日本全体が一つの産地になる。これまでの旅でも幾度となく耳にした言葉だった。かつて北前船が寄港し、ものと文化の交流地として栄えた小千谷地域。遠くのものと交える気質は長く育まれていたのかもしれない。

*1 麻織物には原料によって「苧麻(ちょま)=ラミー」「亜麻(あま)=リネン」「大麻(たいま)=ヘンプ」の大きく3種に分けられる。日本と韓国では苧麻、ヨーロッパでは亜麻が主に用いられてきた。苧麻は多年草として1年に複数回収穫でき、繊維は比較的太く長い。色は白く光沢があり、細番手の糸に向いている。亜麻は一年草として一年に一回の収穫、繊維は細く短いと言われ、色は特有のいわゆる亜麻色で苧麻と比較して中・太番手の糸に向く。これらの特徴は世界の産地や時代、繊維の取り出し方によっても見解が異なり、一概に太い・細い、長い・短いと分類するのは難しい
*2 世界各地で使われる原始的な手織り機で、地面に座り腰で経糸の張力を調節しながら織る

織元から文化基地へ 塩沢つむぎ記念館

「ここは織物を見て、聞いて、触れて、体験できる場所です」。塩沢つむぎ記念館館長 南雲正則さんは、かつて製造業を営み問屋へ卸す形態をとっていた。その流れに疑問を抱き、平成3年に塩沢つむぎ記念館を開館。製品の直売、ワークショップや講座の開催、体験工房、そして製品製作の現場がひとつになった場所だ。エントランスには「塩沢の四大織物―越後上布、本塩沢、塩沢紬、夏塩沢」が展示されている。

越後上布の技法を絹織物に取り入れた「本塩沢」は経糸、緯糸ともに生糸を使い、強撚糸を左右交互に打ち込み、湯もみをかけてシボを生み出した織物。「塩沢紬」も同じく越後上布をルーツとし、経糸に生糸と玉糸を、緯糸に真綿の手つむぎ糸を用いている。真綿特有のふっくらとした柔らかさと暖かみが特徴。「夏塩沢」は経糸、緯糸ともに撚りのかかった糸で織り上げた、絹なのにシャリ感がある織物だ。「たくさん種類があるでしょう。新潟は沖縄に次いで織物の種類が豊富だと言われているんですよ」。

塩沢つむぎ記念館館長 南雲正則さん

二階には体験工房の高機が並び、織物の一連の流れが体感できるようになっていた。

上布の糸作りの工程を実演してもらう。苧麻を木製の台の上でしごき、繊維を取り出す。

繊維を水で濡らしながら爪で細く引き裂き、繋ぎ合わせて糸にしていく。結ぶと玉ができるので、繊維の端と端を撚りあわせる「苧績み(おうみ)」を行う。

一見すると単純な作業に見えるが、細くて質の高い糸を作るには繊細さと根気が必要。糸が軽いため1日に5~6グラムしか出来ず、着尺一反分を用意するのに3ヶ月ほどかかるという。縮の場合は撚糸を加える。染め工程は見ることができなかったが、柄に合わせて「絣括り」を手作業で行い、染めたくない部分を綿の糸でかたく括る。

染め上がった糸は「千切り」と呼ばれる芯木に一反分の幅と長さを揃えて巻きつけられ、いざり機にかける。「いざり機」は世界各地で見られる原始的な機で、腰で経糸の張りを調節するため腰機とも言われている。

 

実演してくれた星野綾さんは6年のキャリアを持つ。足を前に出して座り指先で綜絖(そうこう)につながった縄を操作し、経糸の間に大きな杼を通す。「刀杼(とうひ)を通す時にはテンションを緩めて、筬を打ち込むときには張ります」。会話をしながら淡々と織り進めているが、切れやすい麻糸を織りこなすには相当な集中力が必要だろう。「冬に暖房をつけずに低温多湿で織るのがベストだと言われています。均一に織り進めるためにはなるべく立たないほうがいいので、昔の人は食事も持ってきてもらっていたそうですよ」。

根気、根気、そして根気。雪に閉ざされた地域で、辛抱強く生きてきた人たちの姿が思い浮かんだ。一反を織るのに、現在では約一年かかる。専業として打ち込めば数ヶ月に短縮できるが、それでは食べていけないのだ。綾さんは塩沢つむぎ記念館の職員としてほかの業務と並行して機に向かう。織り続けられる体制が確立していた。

 

織り上げた越後上布は、「足踏み」という工程を経て「雪晒し」へと進む。冬の晴れた日の昼間、太陽がなるべく真上にある時間帯に雪の上に並べると、雪が溶けて水分が蒸発する。その際にオゾンが発生し、酸化作用と日光の殺菌作用によってきれいに漂白されるのだという。なんという知恵だろう。現在では、この白さを求めて八重山ミンサー織や芭蕉布の作り手も雪晒しに訪れるという。

館内には生地アーカイブもある

「ここを訪れた人は、こうやって見聞きした織物を購入して生活で使うことができる。これが大切なところだよ」。お客さまとの交流があるから、商品のアイデアや求められることにも敏感になる。例えば、飼育しているお蚕さんを子どもが育てられるように販売したり、上布を用いたお雛様や鯉のぼりの製作を企画したり。正則館長は、自ら作り出した「機屋のかたち」で商売を成立させ、従業員を養い、重要無形文化財の製作を継続している。「機屋は作ることを知っていても、売ることを知らない。シャットルとそろばんを持たないと」。笑顔の奥に、たぎる情熱が見えた。

株式会社西脇商店

塩沢つむぎ記念館

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