YOSANO OPEN TEXTILE PROJECT

群馬・桐生×絹織物/複合織物

桐生編Vol.1

約1300年の歴史を持つ織物産地・桐生。奈良時代に絹織物「あしぎぬ」を朝廷に献上していた記録が残る。江戸時代には幕府へ桐生絹が献上され、物納から金納への変化と共に織物は商品となった。織物市場が開設され、買い継ぎ商が生まれ、京都・江戸への流通機構が出来上がる。縮緬の技術は京都・西陣から伝わり、第11代将軍徳川家斉が献上した縞縮緬を好んでお召しになったことから「御召」の名が付いたと言われる。明治時代に入ると力織機・ジャカード機・西洋式染色法を導入し、現在も主力とする「先染め紋織物」の産地として成長した。戦後は絹・毛・麻などの天然繊維から人絹・化合繊へと素材の研究を重ね発展を遂げる。今日も200棟以上のがんど屋根(ノコギリ屋根)が残る風景は、織都(しょくと)桐生の象徴だ。現在の主な製品は先染め帯・先染め着尺・風呂敷などの和装製品、ネクタイ・服地などの洋装製品、カーテンなどのインテリア製品に代表される。

暮らしに寄り添う機屋へ 有限会社井清織物

がんど屋根から光が差し込む機場

「うちには凄いと言われるようなものはないです。それでもどうやって織物で食べているか、ということなら伝えられるかもしれない」。有限会社井清織物4代目 井上義浩さんは淡々と言った。機場には津田駒工業と北陸機械工業製のシャットル織機が12台とレピア織機が1台、整経機、コーンアップ、管巻き機が並ぶ。時折、窓のすぐ脇を電車がガタタタンと音を立てて通過する。

有限会社井清織物4代目 井上義浩さん

「西陣や桐生の中古の織機を組み合わせて使っています。ジャカードも西陣と桐生のものですがカブツは父が考案したものです」。「カブツ」とは、丹後では「機拵え」と呼ぶ、織物に紋様を表現するための経糸の上げ方を制御する仕掛けの総称を言う。桐生は長繊維のフィラメント糸を得意とする産地だが、井清織物ではそれに加えて短繊維のスパン糸を使った地厚の帯を軸に生産している。独自の機拵えは、製品のオリジナリティに通じるのだ。

2005年に義浩さんが家業に入り、2014年にファクトリーブランド「OLN(オルン)」を立ち上げるまで、製品はすべて産地の「買継商」に卸していた。問屋仲買商人の一種で、産地と都市部の問屋をつなぐ存在だ。現在、帯の卸売業も継続しながら、OLNの製品については企画・製造・販売までを自社で一貫している。「作ることも大変だけど、売るのが大変です。小売店に上代設定を守ってもらうことや掛け率の設定など、ノウハウがなく難しかった」。経験のないことは、ゼロから一つずつ積み上げるしかない。頭では分かっていても躊躇したくなる。けれど、義浩さんはそこに真正面から挑んでいった。

工場に併設されたファクトリーショップ

東京で映像制作のディレクターをしていた義浩さんは、家業と伝統産業の継承を決意して桐生にUターン。「まず工場中を掃除しました。何年もの綿ぼこりが、梁の上などあらゆるところに積もっていて」。言われてみれば、綿やウールを扱う機場なのに埃が少ないことに驚く。繊維業界に限らずいろんな分野の書籍を読み「何かをするには、まず掃除と整理整頓だ」と改革をスタート。道具や糸も床に直置きしてあったが、パイプ棚を設置し何がどこにあるのか一目で分かるようにした。

製織の前後にある工程や織機調整は外注していたが、職人の高齢化や後継者不足も目に見えていた。「自分でできるようにならないと、続けられないと分かりました」。それは桐生産地に限ったことではないが、相当の覚悟がなければ内製化は難しい。「世の中、大体のことが練習不足のまま本番に突入してしまう。でも、練習不足でもやらざるを得ない状況で本気で始められる人がいい」。そう話す義浩さんの手元には、分厚いファイルがある。織機調整に関する、写真、スケッチ、メモが閉じられたオリジナルマニュアルだ。

30代で戻ってきた頃から、自社で依頼していた織機調整の職人に記録を撮らせてもらってきた。部品の名前もわからなくても、構造を理解できていなくても、ずっと記録を続けた。ファイルのボリュームが増すごとに、点は線になり、自分の教科書になった。紋紙データのソフトウェアも、西陣で1日ちょっと教えてもらいましたと言われて驚く。とても1日で習得できるようなものではないからだ。「ずっとビデオを回していたんです。分からなくても、とにかくメモを取り続ける。すぐ覚えたことは、ひとつもないですよ」。

義浩さんは、帯をきちんと織れるようになってから「OLN」を立ち上げた。だから井清織物の素材使い、織機の特製、織物そのものの深い理解がOLNの製品の特徴に自然と繋がっている。「昔は二次元で柄を考えていましたが、織物を立体として捉え、その上で出来ることがデザインになっていきました」。兵児帯やストールのボリュームのある素材感は、触れる前から手触りや温もりを連想させる。「僕たちが素直にいいなと思うものはジャカードで描く柄の精密さではありませんでした」。スパン糸を得意としてきた井清織物のDNAは、OLNに受け継がれていた。ちなみに、織物設計は義浩さん、デザインと色彩設定は奥さまの忍さんが担当している。東京でアパレルデザイナーの経験も持つ忍さんは機場に立つ職人でもある。現場を理解しているから、生産に負荷の少ない製品開発ができる。「頭の中で考えるだけではなく、織りながらじゃないと分からないことがあります。この環境を最大限に活かせる作り方かなって」。

肌触りの良さそうなOLNの商品

工場に隣接するOLNのショップは、秋の太陽と柔らかな色合いに包まれていた。日々の生活で感じたことと、機場に立ちながら考えることが有機的に混ざり合い、次の製品へ繋がっていく。「家業を受け継ぎながら、丁寧な暮らしというものも大切にしたいと思っています。例えば、日々の生活の中でいいなと思う色や質感を織物に取り入れたいし、子どもと過ごす時間もきちんと取りたい。暮らしと仕事が自然に繋がっている感覚を大事にしたいですね」。シンプルで、確固とした信念が貫かれていた。

ネジ1本から製造プラント一式まで
大縄機料株式会社

事務所の壁という壁は引き出しに覆われていた。小さな引き出しの中にしまわれているのは「機料品(きりょうひん)」。織機をはじめとする繊維関連のありとあらゆるパーツから織機そのもの、周辺のモーターまで様々な商品を扱う大縄機料株式会社を尋ねた。機屋にとって、機料品の確保は死活問題だ。ひらく織メンバーたちに、この引き出しは宝石の入ったショーケースのように写っていただろう。

スプレーだけでもこれだけの種類がある

「桐生産地の機屋も、最盛期の1割くらいまで減りました。この産地だけで商売をしていては存続が難しいと思います」。大縄機料2代目 太縄昌宏さんは、穏やかな口調で喋り始めた。丹後産地に取引のある機屋があり、あの地域のどこへ行ったよ、あの方は今も元気にしていますか…といきなりローカルトークに花が咲いた。近年も電子ジャカードの納品があったとのことだが「昔はトラックでよく行ったよ」という言葉に、一抹のさみしさを覚える。

大縄機料2代目 太縄昌宏さん

大縄機料は桐生産地を軸に、米沢産地、富士吉田産地を中心とした商いをしている。石川県小松市や兵庫県西脇市にも取引先を持ち、部品の供給だけでなくさまざまな相談事に対応してきた。例えば、手機から力織機による生産体制の切替えを支援したり、撚糸・染色・製織・整理加工まで一式をアジアに輸出したり。現在は自社のウェブサイトでオンラインストアを開設。機草(はたくさ)*1から織機までさまざまなアイテムを販売している。ちなみに、2019年11月15日現在の時点で幅50センチの機草は1枚25.2円。購入単位は100枚入りで2,772円となっている。普段、機料品の価格を知る機会はあまりないため、何を見ても新鮮で興味が尽きない。サイトを立ち上げたのは3代目となる太縄晋司さん。35歳で家業に入るまで、ウェブデザインやDTPを扱う企業で働いていた。「家のことなので、いずれは継ごうという意識がどこかにありました。もう少し、状況が悪くないのかなと思っていましたが」。わざと場を和ませてくれる、これからの繊維業界の担い手のひとりだ。

左から常務取締役 典久さん、3代目晋司さん

「皮革製のピッカーはないですか?」。ひらく織メンバーは、探している部品をここぞとばかり聞いてみた。「皮革製の在庫はないですね。今はヘキロンという素材が主流かな。昔、兵庫県の工場がヘキロンのピッカーを作っていたけれど今は台湾に移ってしまったね」。シャットルを打ち返すハンマーのような役割をする「ステッキ」、その先端についているのが「ピッカー」だ。昔は皮革製だったが、現在ではヘキロンという樹脂製のものが主流となっている。

ヘキロン製のピッカー

「丹後はホッキ*2とツダコマ*3が多いので部品探しが大変なんです」というと、なんと「78年前にホッキの部品は大量に出してしまいました」という。思わず「え〜!」と驚きとも悲鳴ともつかない叫びが響いた。桐生産地でもシャットル織機の数が減り、もうそんなに必要とされることはないだろうと鉄くずになってしまった。

部品探しに熱が入る

ピッカーに限らず、メーカーが生産を終了してしまった部品は限りなくたくさんある。大縄機料では、メーカーから図面を預かって部品の製造を手がけたこともあるという。革新織機であっても、販売から7-8年すると保証期間をすぎたからと部品の供給が終了し、新しい機械への入替を進められるという話に驚く。まさか、家電ではあるまいし…。「でも、本当なんです。純正部品がないからと社外品を一度でも取り付けたら、メンテナンスは一切しないとも言いますよ」。機屋の困りごとに一緒に立ち向かってくれる機料品店、なくてはならないパートナーだ。

「いま検反機をオーバーホールしているので、よかったら見に行きますか?」ここには繊維関係専門の鍛冶屋があると言われて、作業を見せてもらう。大縄機料の周りには、それぞれ得意とする技術を持った鉄工場があり修理内容に応じて依頼を出しているとのこと。

 

鉄工所をのぞかせてもらった

最後に、大きな倉庫を二箇所案内してもらった。かつて機屋だったという巨大な空間に出番を待つ機械が並んでいる。いつかどこかの機場で、元気に機音を響かせて欲しいと願うばかりだ。

*1 ビームに経糸を巻く時に、張力を一定に保つ目的で挟み込む紙のこと
*2 津田駒機械工業の呼称
*3 北陸機械工業の呼称

記事 原田美帆 / 写真 高岡徹、黒田光力

有限会社井清織物

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