YOSANO OPEN TEXTILE PROJECT

岡山、広島・備中備後×デニム・帆布・縫製

備中備後編Vol.2

“反物”から“着物”になる場所
株式会社アシスター

目の前で反物が裁断されミシンで縫い上げられていく光景に、ひらく織メンバーは釘付けだった。反物から製品になる瞬間を目撃するのは、皆初めての光景なのだ。

昭和15年に和裁教室として創業した株式会社アシスターは、和裁研究所、職業訓練校という変遷を経て、現在ではトータルで着物の暮らしを提案する「キモノファクトリー」として、着物の仕立て、寸法直し、丸洗い、シミ抜きなどあらゆる加工を行っている。3代目 松井稔さんに工場を案内してもらった。

株式会社アシスター3代目 松井稔さん

入荷した反物は、初めに寸法データと共に写真による記録を行う。大切な反物を確実に管理するための大切な工程だ。次は「地詰め」と呼ばれる作業で、ドラム式のアイロンで反物に蒸気を当て、あらかじめ生地を縮ませておく。このひと手間で、寸法の精度が格段に変わってくるそうだ。

その次は「ヘラ付け」。着物や長襦袢になる12.5メートル程の反物が一度に広げられる機械で、平成7年に自社で開発した。和裁ではチャコペンシルなどで縫製用の線を引かないため、コテで点状の目印を付けていく。この工程を機械化し、格段にスピードと効率が向上した。後に続く縫製工程もそうだが、着物の縫製といえばかつては和裁学校で数年かけて技術を習得するもので、職人による手仕事が全てだった。機械の導入というハイテク化によって数ヶ月の訓練で工程の一端を担えるようになり、若い人にも仕事に入ってもらいやすくなったそうだ。住宅街に建つアシスターは、地場産業として地域住民の雇用先という役割も担っている。もちろん、アシスターには国家資格を持つ和裁職人も在籍し、全てを手作業で仕立てることもできる。

裁断とヘラ付けを終えた生地は一反分ずつプラスチックかごにまとめられ、ミシン工程へと進む。ミシンがけは完全な分業制で、袖、身頃、衽、衿などそれぞれのパートを専属の職人が担当している。

 

 

別室では、男性スタッフがシミ抜きをしていた。汚れに合わせた薬品を選び、コテを使って加熱処理し、バキュームで瞬間に乾かす。専門業者で修行を積み、染み抜きに携わって10年という鮮やかな手さばきに見入ってしまう。バキュームが導入される前はガーゼとタオルを使った乾かし方で、輪染みも発生しやすかったそうだが、機械化は熟練の職人仕事においても精度と効率をアップさせている。

「うちの仕事はナショナルチェーン、その他の呉服店から7割、個人の持ち込みやネット注文から3割ほどです。縫製は業界全体の7割ほどがベトナムなど海外に流れていますが、そことの住み分けはできていますね。国内縫製・短納期・品質で勝負しています」。稔さんが打ち出したのが、業界最速の「お仕立て直送便」だ。工場に到着してから8時間で仕上げるサービスには「今週末の花火大会に来ていく浴衣を縫ってほしい」という注文や、衣装製作などで時間のない芸能人関連から依頼が多いという。

 

他にも熱転写プリントによる自社製品の開発、和装イベントの企画・運営など多角的なアプローチを展開し、総勢60名のスタッフと共にきもの文化の一端を担っている。女性スタッフが圧倒的に多い職場では、お花見など季節の社内行事もあって「女子高みたいで楽しいですよ」と企画室の金井奈穂さんが話してくれた。入社当初は縫製部門にいたが、事業の展開に伴い企画営業をすることになったそうだ。

「やっぱり楽しいことをやりたいじゃないですか」。熱転写などの設備導入は大変ではなかったですかという質問に、稔さんはこう答えた。積み上げてきた技術、取引、雇用を守るのはもちろんのこと、その先に何を見出していきたいか。ひらく織の旅を続けてきたメンバーたちにストレートに響く言葉だった。

松井社長と企画室の金井奈穂さんも一緒に

糸と想いがひとつになる場所
有限会社MILL CREATE

糸から長い道のりを経て、織りあげられた反物は「縫製」によって衣服のかたちになり、お客さまの元に届く。その「縫製」工程も、いくつもの仕事の集合体だ。「“パターン”を作る柱、“サンプル”を作る柱、“OEM”を手がける柱、量産を行う“生産”の柱。それぞれが分業でも成り立つ4つの柱が集合しているのがミルクリエイトの特徴であり、強みです」。代表 水成公治さんは福山市内の縫製工場で技術を磨いたのちに独立し、パタンナーの三田賀代さんと有限会社ミルクリエイトを立ち上げた。

パタンナー 三田賀代さんと代表 水成公治さん

パターンとは服の設計図にあたる工程で、注文先からはスケッチのようなラフ状態や、具体的な寸法入りの図面など、様々なケースの依頼がある。そこから素材の特性も考慮し、イメージ通りのかたちに落とし込む高度な技が必要とされる。賀代さんはフリーのパタンナーとして活躍していたが、注文が増えて公治さんとの会社設立に踏み切った。「今はCADを使っていますが、昔は全て手描きです。プロポーションの中心線を引くところから1枚ずつ描いていました」。

縫製風景

「三田に注文が多かったのは、ひとえに技術だと思います。例えば、ブラウスの襟の部分はパタンナーのクセが特に出ます。襟の落ち着き方、佇まいが現れるんですよ。デザイナーはお気に入りのパタンナーを手放しません」。パタンナーの重要性について丁寧に教えてくれた。一方、公治さんが好きな工程は「サンプル縫製」だ。パターン通りに最初の1枚目を縫い上げる工程だが、パターンの修正点や量産になったときの難易度を確かめながら進めなければならない。ちなみに、パターンとサンプルの間には「裁断」を専門とする部門もある。案内してもらった工場には、レーザーでデータ通りに裁断を行う設備が導入されていたが、以前は「深夜に、翌日縫製してもらう分の生地を僕が手作業でカットしていました」と当時の苦労を教えてくれた。

パターンが完成すると、いよいよ量産工程となる。工場には何種類もの工業用ミシンが並ぶ。それぞれ用途が違うため、だんだん増えていったそうだ。「量産となったときに、うちの工場ではここまでしか出来ませんと言いたくなくて。ボタンホールや解けやすい箇所の補強である閂(かんぬき)など細部まで一括して請負できる工場にしたかったんです」。公治さんのこだわりが貫かれていた。ミルクリエイトへの依頼は「大手ができないもの、溢れたものを回すポジションです」というように、小ロット・単発の発注やニッチな層のブランドが多いそうだ。口コミでの受注がほとんどで、蛇腹式のポケットがついた服など、ユニークなデザインも製品化している。

生産の柱と並び立つのはOEMの柱だ。アパレルメーカーのブランディングやコンセプトを掴み、的確な製品を提案している。生産量や作業によってミルクリエイトから外注に出すこともある。「福山では一家に一台工業用ミシンがあると言われるほど、縫製が地場産業なんですよ」。企業だけで100社以上、家内制手工業の外注先はもっとあるそうだ。「丹後で言うところの出機さんみたいな存在か」。ひらく織メンバーが共通項を見つけてつぶやいた。50年頃前には、西日本を中心に集団就職の女学生が集まる工業地帯だった。

公治さんは自社工場以外に、工業用ミシンを備えるシェアアトリエ「bottou」の運営や他の事業者と連携して「繊維産地継承プロジェクト実行委員会 HITOTOITO」にも取り組んでいる。せっかくの地場産業だから、縫製に興味を持つ人を増やしたい、夢を持つ人の背中を押してあげたいと言う。

糸が製品になるまでの長い旅路が、終わろうとしていた。縫製の先には検品や袋詰めがあり、小売をしてくれる先があって、お客さまに届く。「せっかく繋がったのだから、一緒にものづくりができたらと思います。丹後にも行きますよ!」。公治さんの言葉に手を振って、私たちは丹後への帰途へついた。

白生地の産地から始まったひらく織の最後の旅が、縫製工場で締めくくりを迎えたことに言葉にならない想いがこみ上げてくる。メンバーたちの表情から伝わってきた。2017年4月に西脇産地を訪れて約4年。ひらく織の産地交流プロジェクトはその幕を降ろした。

 

これからは、産地交流で見聞きしたこと、教えてもらったこと、ネットワークをメンバーそれぞれの家業に活かしていく段階に入る。ひらく織に参加したことで、10年後、20年後の機場にきっと変化が現れてくるだろう。腰を据えて、辛抱強く、産地が産地であり続けるために。ひらく織の長い旅が、ここから始まる。

 

記事 原田美帆 / 写真 黒田光力

今井 信一

着物がどのような工程で作られているのか今までよく知らなかったので、着物縫製の工程を見学できたこと、ジーンズの織から縫製までも見学できたことは、本当にいい勉強になりました。織物にも産地があるように、縫製にも産地がある事を初めて知りました。
この産地に興味を持ち、移住されて来たという方の話も聞き、強い覚悟をもって仕事に取りくまれていると思いました。ひらく織では今回が最後の視察でした。この3年間様々な産地へ視察に行き、その中で共通して感じた事は、どの職人さんも自分自身の仕事に誇りをもっておられるし、何より自分の仕事が好きだと言う事でした。たくさんの職人さんとの出会いを通して、僕自身も仕事に対しての向き合い方など、自分を見つめ直すいい機会となりました。3年間の活動で得たことをこれからの仕事で活かしていきたいと思います。

高岡 徹

どんなに良い生地でも製品の良し悪しを大きく左右する仕立て、縫製という最後のとても重要な工程が間近で感じられて良かったです。

羽賀 信彦

紡績、染色、製織、縫製といったモノづくりに欠かせない全ての工程が産地内にあり、完成品までを作る環境が整っていました。また、人材育成にも力を入れておられ、幅広い年齢層の従事者を雇用されているのがとてもすばらしかったので見習いたいと思いました。

堀井 健司

今回が最後の視察となりましたが、デニム、帆布、着物加工、パターンと初めて見させていただくことばかりで最後まで新鮮で出会う方々すべてに刺激をもらいまいした。大変有意義な視察となりました。

株式会社アシスター

有限会社MILL CREATE

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