YOSANO OPEN TEXTILE PROJECT

兵庫・西脇×播州織

兵庫・西脇×播州織 Vol.1

与謝野から車で2時間。春先におとずれた兵庫県西脇市は広い青空と太陽に反射した川面がまぶしい土地。車を走らせると次々と目にはいってくる「がんど屋根」。ギザギザのノコギリ屋根のことを丹後ではそう呼んでいる。機屋か染めかサイジングか、布を作る工場の印だ。

初めまして、産地レポートをお送りする原田美帆と申します。与謝野町で地域おこし協力隊として活動しながら、カーテンやタペストリーなどのインテリアテキスタイルを作っています。織の世界に入ってちょうど1年。どんどん引きこまれて行く織の世界、産地の魅力を発信していきます。

播州織

1792年に宮大工飛田安兵衛が西陣織の技術を持ち帰り、綿の一大産地として歩んできた。シャツやシーツなど薄手の織物、特に先染め糸を使ったストライプやチェックを得意としている。企業やブランドからの受注生産、いわゆるOEMをしてきたが故に「播州織」が表にでることなく、価値として認識されてこなかった。しかし、高速織機に巨大な加工機械が並び、品質を保ちながら大量生産を可能にするシステムを築いてきた。産元とよばれる商社が、アパレルや企業への営業、提案、そして生地設計、原料調達、機屋と加工場への取次などすべての工程を仕切っている。

そのひとつ島田製織株式会社を訪問した。産元(さんもと)として地域を支えてきたが、海外との競争に疲弊していく業界で、新しい姿を見せている。従来は、アパレルが企画した商品に適切な生地を生産していた。しかしファストファッションの台頭でアパレル業界も消耗している。そこで自社工場内に企画室を設置し、他産地の技術を取り入れた生地や高品質素材を開発。それを活かしたデザインの逆提案を始めたのだ。現在は、hatsutokiと名付けたファクトリーブランドを立ち上げ、繊細な色合いや極細の糸、産地の技術を集結した日常着を販売している。

島田製織は数年前からこういった動きを世の中に発信してきた。そして、それをキャッチした若者が、自分ならもっといいものが作れると乗り込んできた。5年前に移住し、産地発のものづくりに取り組む村田祐樹さん。彼や玉木新雌さんなど移住者が、いま西脇を大きく動かすうねりを生み出している。西脇市がデザイナー育成支援の助成金制度を平成27年から始めている。行政の取り組みは都市部へのPR、学校機関との提携から始まり、都市部などから産地へデザイナー研修生を呼び込み、移住を含めた就労を図り、デザイナー研修生や産地の若手などのためのコワーキングスペースの開設と運営の支援まで多岐にわたる。「西脇ファッション都市構想」による産地のブランド化を目標に、企業とデザイナー研修生などの移住者との化学反応を起こそうとしている。

気鋭の機屋 “遠孫織布株式会社”

そこに手を挙げたのが、遠孫(えんまご)織布株式会社。この4月から新卒スタッフを採用している。私たちの最初の訪問地、西脇。その中でも最初の機屋訪問となった遠孫さん。その緊張を一気に忘れた、高速レピアが並ぶ作業場。ちりめんの機音とは全く違う、その機音に圧倒されてしまった。昨年導入したという最新のイタリア製ITMAレピア、なんと2台。これでもメーカー推奨の600回から速度を落として300回転だと笑う。早朝から深夜まで織れ織れの現場だ。

もともとは産元からの賃織を請け負う賃織業者だった。縮小していく業界に危機感を感じ、自社販売を開始したのは6年前。最初の3年は販売会でも相手にされなかったという。西脇は大量生産によってまわる大規模工場システムを維持してきただけに、機屋が独自で小ロット受注に取り組むことに奇異の目が注がれただろう。産元もアパレルも、厳しい納期に厳しいコスト。自社販売の強みは、この生地が欲しいという引き合いができることだと言う。量を織れば単価は下がって検反は忙しい。そのしわ寄せをくってきた生産者が、市場と直接勝負する土俵に上がったのだ。適切なペースで生産して、きちっとした値段をつける、あるべき姿。ジャカードを備えた機屋の軒数も限られていて、重宝されるらしい。

工場の一角に、数台のシャトル織機があった。今や西脇ではほとんど使われていないシャトル織機に、風合いが良いという懐古主義的な注文が入るようになってきた。低速で、圧断がおこり、難物がでてくる。それさえ「味」だなんて、その昔はシャトルを禁止した産元が話すという。いかにも古い織機は写真映えして、昔からの道具を手入れしてという物語も良いのだそうだ。「だったら、昔からそう言ってくれよ」と突っ込む遠孫さん。工場横に備えられたショールームに、新しいスタッフと織り上げた生地が並ぶ日は近い。

メカニックエンジニア機屋 “大城戸織布”

次に訪れたのは、自社販売の先駆者である大城戸(おおきど)織布。若いスタッフが出迎えてくれた。それまで勤めていた会社を辞めて、故郷西脇に戻ってきた龝原(あきはら)真奈さん。セレクトショップに並んだ生地を見て、こんなものづくりがしたいと弟子入りして4年目になる。今や織機のメンテナンスまでこなす女性機屋のホープだ。与謝野で見るより桁違いに大きなビームも治具(じぐ)を使ってセットし、切れた竜頭(りゅうず)もつなぎ、オリジナルの生地設計もしてしまう。デザイン経験がないと語るが、手を動かし身体にたたきこまれた感覚から、おもしろい生地を創り出すオーラが溢れていた。現場を知る人は強い。

社長の大城戸さんを差し置いて語ってしまったが、それほど与謝野チームには後継者の存在が響いた。担い手の高齢化が進む日本の産地、それは与謝野にとっても西脇にとっても大きな課題。しかしそんな話題の中でも、大城戸さんには全く暗さがない。生き残れる機屋となって播州織を継ぎ、次世代に残していきたいという使命に燃えているからだ。遠孫さんを自社販売に引き込んだ張本人でもある。家業の機場を継ぐときに、習得に10年かかると言われたシャトル織機に見切りをつけ、レピアERに舵をきった大城戸さん。高速織機のならぶ作業場は集塵機、パネルカバー、耳用カットマシン、ありとあらゆるところに作業性を高めるオリジナル治具がセットされている。天井照明も消して、手元にもったLEDから光源を変えて生地の織り上がりをチェックする。直して織って考えて、というメカニックエンジニア機屋なのだ。

産元からの定番商品も継続していて、そこは持ちつ持たれつの関係だと言う。産地全体の織工賃は少しづつ安くなっているのに大城戸さんは据え置きのまま、若手の雇用があるぶん僅かに増やしてくれることもあるそう。自社販売商品は全体の4割になり、組織と素材の組み合わせから加工方法まで流行にとらわれない生地を創作している。「なんでも見せるしなんでも喋るで、他では織れへんから」。そう語るのは、一口に機屋と言ってもそれぞれ強みもバックボーンも違い、それぞれが強く生き残るしかないと考えているから。アパレルやテキスタイルデザイナーからの生地開発にも応え、産元からの注文が減っても売り上げ全体は増えていると教えてくれた。秋にショールームがオープンするとのこと、大城戸織布が「ひらく」場所に今からワクワクしている。

西脇編Vol.1。初めての産地視察とインタビュー。訪問先が「飛び出る杭」的な機屋だったことも大きいだろう。新しい織機、取り組み、後継者。何より「機屋は面白い」と言い切る言葉に鼓舞されて、与謝野チームのテンションもアップ。ちなみに取材の合間の腹ごしらえは、「西脇大橋ラーメン」へ。播州織の工場で働いていた女工さんのために作られた、少し甘めのスープがルーツなのだそう。次回は西脇編Vol.2。アジアと見間違う巨大工場や何千本の糸を操るサイジングの現場、産地の新しい風をお届けします。お楽しみに!

記事 原田美帆 / 撮影 高岡徹

龝原真奈さんブログ

大城戸織布

島田製織株式会社

hatsutoki

村田祐樹さんインタビュー(セコリ百景)

つづる織-もうひとつの産地ルポ

ここに書ききれなかったたくさんの情報や、笑い、そして機屋の思いを、もうひとつの産地ルポ「つづる織」にて配信します!「ひらく織」とあわせて、ぜひご一読ください。

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