YOSANO OPEN TEXTILE PROJECT

山梨・富士吉田×産地活性/ファクトリーブランド

山梨・富士吉田Vol.3

秋晴れの元向かった先は、山梨・富士吉田で開かれる「ハタオリマチフェスティバル」。通称ハタフェス。地元織物工場や各地のファクトリーブランド、デザイナーやクリエイターの合同マーケットや古道具市、山梨県内でも評判の飲食店が集うマルシェ、ワークショップや体験企画が詰め込まれた2日間の祭典へ。播州産地訪問で出会った機屋も加わってにぎやかな一団になった「ひらく織」チーム。会場を歩けばこの一年で訪問した国内各地の機屋に遭遇して話が止まらない。産地を越えた繋がりが、少しずつ育っている。

(2017年度ハタフェスの様子はレポート「産地の学校×ハタオリマチノキオク」を参照ください)

江戸時代から続く織物の町、富士吉田市。富士山の豊かな水系により染物や精練に優れ、江戸からの山越え路を越えるため薄物の羽織裏が生産された土地。その技術により戦後スーツ裏地等のOEM産地として発展するが、景気のあおりを受け厳しい状態に陥り…知れば知るほど、丹後産地と似ていた。江戸を京都に、染物を撚糸に、スーツを和装に置き換えてみる。そこには、決定的な違いが一つあった。首都・東京との距離だ。流行と消費の伝達は製品の多品目化を促し、かつては日本一の密集率と言われた歓楽街を形成するほど賑わい、同時にバブルの影響もすぐに到達した。現在は産業観光の先駆けとして注目を集めているが、それは危機迫る状況になるのが早かったということ。

この産地が開かれていった経緯とそこに居合わせた人たちの物語を聞かせてもらった。「全く続くと思っていなかった」取り組みが、どうしてこれほど強いものになったのか…

遠くまで、皆で行こう フジヤマテキスタイルプロジェクト

OEM産地であることは存在しないのと同じ。名前を奪われると、自己を無くして支配されてしまう」。20年前、富士吉田市に着任した当時の状況を五十嵐哲也さんがこう表現した。山梨県産業技術センター職員として織物の技術研究や展示会出展のサポートを行ってきた現地キーマンの一人。その隣に座るのはテキスタイルデザイナー 鈴木マサルさん。東京造形大学のテキスタイルデザイン専攻領域教授として学生と機屋のコラボレーション「フジヤマテキスタイルプロジェクト」を10年に渡り主導してきた。

山梨県産業技術センター 五十嵐哲也さん
テキスタイルデザイナー 鈴木マサルさん

マサルさんと産地との出会いは22年前に遡る。テキスタイルデザイナーとして独立した頃、機屋に直接デザインを持ち込み製品化したことが最初の一歩。縁あって2007年、産地の合同展示会のディレクションを依頼された時に機屋からかけられた言葉は「あとは会場の飾り付けをお願いします」。デザイナーとの協働経験もなくOEM生産を主とする機屋にとって展示会は意欲的に発信する場ではなかった。「それは全て却下します。生地はこれから織ってもらいます」。マサルさんにとっても、キャリアをかけた本気の挑戦が始まった。生地作り、会場ブース構成からハンガーやタグに至るまで徹底して作り上げられた展示に驚いたのは機屋自身。「こんな格好いい展示ができるなんて」。自社がもつ製品の魅力に気がつくと同時に「目の前の織機の操作は分かるけれど、デザインを外で勉強してこなかった」コンプレックスが生まれ、後に「教え子とコラボがしたい」という申し出に繋がる。この時マサルさんは「産学コラボに懐疑的だったし、続いているところを見たことも聞いたこともないので魅力を感じない」と断った。しかし機屋の切実な想いを汲み、ついには「やります」と宣言。産地にも学生にも厳しい掟を設定し「売れる製品づくり」という軸を貫いてきた。この10年で関わった学生は総勢48名。今では各機屋を代表する製品やファクトリーブランドが誕生し、就職や移住へとつながっている。

名前を失った産地と、まだ名前の知られていないデザイナー。

製品を手がけるリスクと「このデザイナーを有名にしてやろう」という機屋の想い。「きちんと名乗り矢面に立つ」というデザイナー生命をかけた姿勢と「この産地のために何かしたい」という想い。その信頼関係が、フジヤマテキスタイルプロジェクトを形作った。ここに名前を挙げきれない人たちが、元気を失った町を憂い数々の種を蒔いてきたことも忘れてはならない。富士吉田のシャッター街が人で溢れかえる2日間を、その時誰が想像できただろうか。

 

「ねえ、どこから来たの?このロゼット*1は毎年作っていて、お母さんとお揃いなの。ゴシュイン*2はロンタン*3で買えるんだよ」。あどけない少女が話しかけてきた。人から人へ、想いが想いを繋ぎ、ハタオリマチは名前を取り戻しつつある。

*1 産地の生地を使って作るブローチ「ハタジョのロゼット」。毎年行われるワークショップでたくさんの人がカラフルなロゼットを身につけて歩いている

*2 フジヤマテキスタイルプロジェクトにより製品化された御朱印帳「GOSHUINノート」。産学コラボレーションの発起人 光織物有限会社が製造販売を手がける

*3 富士吉田の中心にある家具と雑貨の店「LONGTEMPS」。富士吉田で織られたリネンのファクトリーブランド「ALDIN(アルディン)」やライフスタイルブランド「R&D.M.Co-(アールアンドディーエムコー」も取り扱う

兄弟で挑む極細ストール 武藤株式会社

1年ぶりの再訪を、武藤圭亮さんが変わらぬ笑顔で迎え入れてくれた。

祖父の代に東京からの注文を出機に采配する「テーブル機屋」として創業。富士吉田の伝統製品である座布団や布団カバーなどの「夜具座布(やぐざぶ)」を製造するが、二代目はストール製品へと方向転換。家業の製品を何代も引き継ぐことの多い丹後産地のメンバーは切り替えの早さに驚く。「東京に近いので影響を受けやすいのです。売れるものを織って納めるというスタンス」。三代目となる長男圭亮さんと次男亘亮さんはレピア織機からシャットル織機への切り替えを決断。他に真似のできない極細繊維を扱うこと、風合いに優れた低速シャットルで織ること、撚糸や整経の準備工程からタンブラーやプレスといった後加工まで自社で行うこと。幾つもの改革に挑む兄弟は「高齢化の進む分業産地でライバルの多いストールを織っているから」とさらりと言ってしまう。家業に入ってまだ4年とは信じられない。

武藤株式会社 武藤圭亮さん

機場に入ると、シャットル織機の丹後との仕様の違いにひらく織メンバーの表情が変わる。丹後ではあまり目にすることがない幅の「上経積極送り出し装置*4,5」や、「間丁*6」の距離の違いなど、機屋ならではの発見に盛り上がる。産地によって「間丁」を「ウシロヤマ」と、「経継ぎ」を「撚り付け」と呼ぶ機屋用語の違いも。結ぶことが出来ないくらい細い糸を撚り繋いだことから「撚り付け」という言葉になったのだろう。

武藤株式会社の誇る極細・無撚りの糸による空気のようなストール。これは相当な技術を必要とする織物だ。外注していた工程を自社工場で行うために、製造設備を他産地で入手し、その操作を一から研究。納得のいく精度になるまで一年以上を費やした。これだけの高い技術を持っても、注文に繋げるにはまだまだ工夫が必要だと言う。市場と製品開発の交わるラインを目指して、兄弟は進む。

「うちでしか織れない製品を作れ」。

同世代の実践者を目の前に、東京訪問で繰り返し語られた言葉が脳裏に響いた。

 

*4 「上経(うわだて)」 織物の地経(じだて)よりも上側に装着する経糸

*5 「積極送り出し装置」 ギヤとラチェットで必要に応じて回転し、経糸を送り出す装置

*6「間丁(けんちょう)」 ビームから経糸を操作する綜絖(そうこう)までの部分、またその機構

機場と森の間に Watanabe Textile

ハタフェスメイン会場の一つ、日本ステンレス工場は人・人・人で大賑わい。地元からも県外からも老若男女が集まり、熱気に満ちている。その一角に、渡辺竜康さんのファクトリーブランドWatanabe Textileの展示があった。シンプルな什器にきちんと折りたたまれた製品。鹿の角や小鳥の形をしたペーパーウェイトが並ぶ。建築士の資格も持つ竜康さんが、展示空間の隅々まで感覚を行き渡らせているのだろう。周囲より少しだけ静かな気がした。

日暮れの機場は、織機の振動と空気の圧力で少し耳が痛くなりそうだった。家業の渡邊織物ではドビー織機9台が24時間稼働し裏地を生産。ビーム1本あたり1500mの経糸が二週間ほどで織り上がり、多い時には1日で4台もの経継ぎを行う。父親と交代制で機場を見回りながら、自身の作品とも言えるテキスタイル開発や特注オーダーも手がけている。その忙しさに「従業員は入れないのですか」と思わず質問が入り「これまで二人で回してこられたけれど、考えています」と過渡期である様子が伺えた。

「例えば、ブランケットに関していえば織りから仕上げ縫製まで全て自分でやっています。写真がそうであるように、できれば最後まで自己完結したい」。写真家としても活動する竜康さん。製品への想いは深い。オフには富士五湖の美しい森と湖を訪れる。間断ない機音と変化し続ける自然の間に見ているものを、私たちは彼のテキスタイルを通して知るのだろう。

Watanabe Textile 渡辺竜康さん

世界に咲くテキスタイルの生みの親 宮下織物

ひときわ華やかなテキスタイルが並ぶ会場。鮮やかな色合いのジャカード織にカットされた糸が踊る。宮下織物株式会社 宮下珠樹さんはドレスや衣装向けの製品をベースに、若手デザイナーからの特注オーダーなども引き受ける機屋だ。白生地とあまりに違う世界観にひらく織チームの目はパチクリ。

ジャカード織機とドビー織機を合わせて約15台、そのうち4台ほどを自社に置き自らも織機を操る。「生地を作りたい人を、うちの技術で応援してあげたい」。珠樹さんの織物に溢れる軽やかさとスピード感は、デザイナーに伴走して駆け回る姿そのもの。豪華な仕上がりも不思議と重たくならない。まるで珠樹さんのアンニュイな雰囲気を映したかのよう。

「生み出したテキスタイルをメディアで目にした時、高密度の織物を設計する苦労も吹き飛びます」。製品の出口まで見届けて、また機場に向かう。

宮下織物株式会社 宮下珠樹さん

白生地生産を主とする丹後メンバーが、そのような光景を目にする場面はやってくるのだろうか。ひらく織の向こうに、まだ見ぬ世界が待っている。

 

後編では産地を支える設備修理の専門家「機屋番匠」に会いに行きます。

ますますマニアックなレポートをお楽しみに。

記事 原田美帆/ 写真 黒田光力

ハタオリマチのハタ印

武藤株式会社

宮下織物株式会社

Watanabe Textile

つづる織-もうひとつの産地ルポ

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